「今日は暖かいね〜・・・・」 ピアノを肩から下ろし、木の根元へ置くと ライエルは気持ち良さそうに背伸びをした。 北の都へ向かうハーメル一行は、微かに見えた春の陽気に誘われてその脚を止めた。 暖かな陽射しは心を穏やかにさせる。 トロンの「眠い」という呟きを聞きつけて、フルートの提案により 近くにあった野原でしばらく休息を取る事にしたのだ。 ピアノを下ろした木陰でトロンは既に眠りに入っていた。無防備に手足を放り出す様は、やはり「子供」 という雰囲気あった。なんだかその寝顔につられて、ライエル自身も睡魔に襲われてしまった。 トロンと同じように木陰に転がる。髪の毛に土が付いてしまうだろうが、あまり気にはならなかった。 青々とした草の香りがする。 落としていた瞼をゆっくりと開けると、すぐ真っ青な空が見えた。 吸い込まれるような高い高い空だった。 薄い雲がまばらに散らばっている。ライエルの髪を静かに揺らす風に同調するように ゆっくりとゆっくりと流れていった。 その風に身を任せるように、再び瞼を閉じた。 悠久の時が過ぎていく。もうずっとここに居るような。これからもここに居るような。 不思議な感覚に陥っていく。 自分でも眠りに入っていくのが分かった。 その時。 「ライエル・・・・寝た・・・のか?」 おずおずと囁くような声が頭上から聞こえてきた。 その声を聞いた途端にライエルの思考は一気に現実へ引き戻される。 ゆっくりと目を開けた。 「・・・サイザーさん・・・」 まだぼやっとした頭で、認識した声と目の前にいる人を確かめるように 名前をそっと呟く。 その声が寝ぼけたような声なのを自覚する。 「あ。ごっ・・ごめん。やっぱり・・・起こしちゃったか?」 すまなさそうに頬をかいてサイザーはうつむいた。 目を擦りながら起き上がると、明瞭になった思考で再び目を開ける。 背中についた土をぽんぽんと叩きながら「どうしたの?」と問うた。 「え。あ、・・・イヤ、何もすることがなくて。フルートはハーメルと話してるしっ・・。 お前は何をしてるのか・・・って。来てみただけで・・  ごっ、ごめん!せっかく寝てたのに・・・。」 顔を伏せたままで早口気味にサイザーが答える。 「謝らなくてもいいよ。ちょっと舟こいでたくらいだし。」 そうライエルは言ったが、妙に顔を上げるのが気不味くてサイザーは俯いたままだった。 断続的に続く静かな風は、サイザーの長い髪をゆるく流していく。 ずっと俯いたままなのと、少し長い前髪のせいで彼女の顔がはっきりと見えない。 しかし、ずっと黙ったままのライエルが今どんな顔をしているのか、 怒ってしまったのだろうかと気になって、ちらりと顔をあげる。 ライエルはいつもと変わらずに微笑んでいた。 その笑顔につられて思わずサイザーもにこりと笑う。 突然前触れも無く笑ったサイザーに驚いて、自分が何かしたのだろうかと ぺたぺたと顔を触ったりした。 その様子がおかしくてサイザーは、今度は声をあげて笑った。 ますます理解不能のライエルは、ぼーっと彼女の笑顔を見ているだけだった。 笑いを収めると、小さく息を吐いた。 そしてライエルに顔を向ける。 そして「ごめんな、起こしてしまって。」と小さく呟いた。 笑いながらも謝る彼女が可愛くて。 その笑顔がとても愛しくて。 ライエルの胸の中には、じんわりと温かい気持ちがまた少し増えた。 「やっぱり、まだ少し眠いや・・・」 あくびをして目をこすりながら、少しわざとらしくサイザーに言ってみる。 「えっ!じゃ、じゃあ寝てくれ!今度こそ邪魔しないからっ!」 ライエルを起こしてしまった気負いがあるためか、あわてたようにサイザーは促した。 「うん・・お言葉に甘えて。少し寝るね」 もう一度小さくあくびをするとライエルは、寝転がってサイザーの足の上に頭を乗せる。 「おっ・・おい!!どこに頭乗せてるんだっライエル!聞いてるか・・・?」 彼の突然の行動にどうする事も出来ないまま、サイザーはバタバタと手を宙に舞わせて 必死に訴えかけた。 「気持ちいいや・・・」 「ばっ・・馬鹿・・・・」 しばらくサイザーはわやわやと慌ててライエルをどうにかしようとしたが どうにもなるものでもなかったので、遂には抵抗するのを止めてしまった。 彼の眠りを邪魔したのは自分だし。 こんな事で疲れては旅に支障が出ないことも無い。 自分で頭を除けようとすればどうにでもなるが、無理矢理落としてしまうと ライエルが頭を打ってしまう・・・。 いろいろな思考が頭の中をまわっていく。 不意に空を見上げると、どこまでも続いているような青い空が広がっていた。 抜けるような青い空とはこのような事を言うのだろうか。 空を見上げていると、心が少しずつ落ち着いてきた。 遠くの方で、フルートとハーメルの声が聞こえる。 隣の木の枝にはオーボウがとまって羽を休ませている。 同じ木の影にはトロンが気持ち良さそうに眠っていた。 こんなにも落ち着いた時間は久しぶりじゃないか・・・・? そう認識した途端、今ここに居ることがとても幸せに思えた。 何気ない会話が、本当は何よりの宝物なんだと思った。 そうすると彼が一番近くに居ることが、何故だか嬉しくて。 サイザーは自分にも聞こえない声で 「ありがとう」と呟いた。 誰にいう訳でもなく。 否、それは幸せな『今』への感謝の言葉だったのだろう。 「サイザーさん・・・・・?」 妙に静かになった彼女を訝しげに見上げる。 かくん、とサイザーの首が前に揺れた。 規則的にもれる息がわかった。 寝ちゃったのか・・・・。少し残念そうに息を吐いてライエルも瞼を閉じた。 サイザーの足に乗せた頬から、彼女の体温が伝わってくる。 風が吹くと微かに彼女の香りが伝わってくる。 彼女の存在がものすごく近くに感じられる。 それが何よりも嬉しくてライエルは 「幸せだなぁ・・・・」 と、呟いた。 それから数えるほども無く、彼も眠りに落ちていった。 時は穏やかに過ぎていく。 暖かな陽射しが2人を包み込み、その上には青い空が果てることなく続いていった。