聖夜への誓い

「君は今、幸せかい?」 シャンパンの入ったグラスをほのかに光るランプに掲げて、 僕と同じ琥珀色に輝くそれをゆらゆら揺らす。 シャンパンは前後左右に揺れ、小さな炭酸の気泡がゆっくりと立ち上っていく。 サイザーは、口に入れる途中だったクリスマスのケーキを刺したフォークをくるくると回す。 「酔ってる?・・・」 「・・真面目に聞いてるんだけどなぁ・・・」 確かに、ディナーの時から飲みっぱなしだから、頭は多少クラクラするけれど。 確かに、なんの経緯も無く不意に聞いてみただけだけれど。 グラスを揺らす手を止めて、シャンパンを口に含む。 揺らしすぎて気が抜けてしまったのか甘さだけが口に残った。 息をついてグラスを置く。不意にサイザーの背後を見ると、 彼女の背丈ほどもあるツリーが電飾が自ら光り、またはそれを受けてオーナメントが光り、 ぼやっとした艶やかな雰囲気を作り出していた。 「・・・子供の頃も、家族でこんな風にツリーを飾って、御馳走を作って・・・・」 頭がぼーっ、とする。最早何を言っているのか、僕自身も解らなかった。 くすりと笑って「ほら、酔ってる。」というサイザー。 ちょっとだけ、悔しい。 ――――――コトン。 ツリーの方から音がする。 サイザーが驚いて後ろを振り向いた。 「・・・なんだ、オーナメントが落ちたのか・・・」 安堵の色を浮べて立ち上がるサイザーの後姿を目だけで追う。 小さな金色の鈴の飾りを拾って、適当な所に結びつけた。 それを見て僕は、 何かを、思い出した。 「・・・夢だったんだよ。」 「え?」 「天使を・・幸せにするのは、・・僕の小さな頃からの夢だったんだ。」 思い出した。 小さな頃の、母さんとの思い出を。 +++++++++++++++ 「母さんっ!これはどこに飾るの?」 ライエルは、間近に迫ったクリスマスに心躍らせながら 自分の身長の1,5倍はあるツリーを飾り付けていた。 今年のプレゼントはなんだろう? ケーキはどんなの? 隣のうちはどんな飾りつけをするんだろう? 毎年繰り返される楽しいパーティ。 今年はハーメルもいるから、より楽しいものになるだろう。 「そうねぇ、これは綺麗な天使様だから、てっぺんの方にしましょう?」 「うんっ」 ライエルの手の届かない高いところなので 手のひらに丁度収まるくらいの、赤い紐がついた天使を母親に渡す。 母親は丁寧に星の下の辺りに括り付けた。 「天使様はね、神様からの幸せをみんなに運ぶお仕事をしているの。」 「みんなに?」 次はどれにしようかと箱を探っていた手を止め、たった今付けられた天使を見上げた。 「そう。若い人老いた人、男にも女にも、植物や動物・・生きているものすべてに。」 「すごいねぇ・・・」 「・・だからライエルも、同じようにみんなに幸せを与えられる  ・・そんな人に母さんはなって欲しいわ。」 母の話を聞いているのか聞いていないのか、素直に天使の話に感動して ライエルはじっとツリーを見上げていた。 手を組んで目を閉じ、静かに祈りを捧げている天使は、光に照らされ神秘的に揺れていた。 「ねぇ、母さん。」 「なに?ライエル。」 天使に目を向けたまま、その目は少し悲しげに細められた。 「・・天使は、誰が幸せにするのかな・・・。」 その一言に驚いて、母親は一瞬言葉を失う。 「まぁ・・」 「生きているもの全てに幸せを届るんでしょう?じゃぁ、天使には誰が幸せをあげるの?」 いつの間にか、ライエルの目は母親に向けられていた。 これまでにない程、必死な目。 「ライエル・・・あなたが、幸せにするのよ。」 「・・・僕が?」 「あなたが『幸せ』だと感じた時には心の中で「天使様、ありがとう」って言ってあげるの。  そうしたら、きっと天使様も喜んでくれるわ。」 「・・幸せになってくれる?」 「きっと。」 ゆらゆらと、天使のオーナメントは揺れた。 もう一度それを見上げて、ライエルは力強く頷いた。 ++++++++++++++++++ 母さんの言った通りに、天使は僕にたくさんの幸せを届けてくれた。 神様からのお使いなのかはわからないけれど。 だから、幸せにしたい。 いっぱいいっぱい、幸せを貰ったから。 幸せにしたい。サイザーを。 子供の頃の思い出を、ぽつりぽつりと話して 僕は、ケーキにようやくフォークを刺した。 「君は今、幸せかい?」 もう一度、同じ質問を繰り返してみる。 サイザーは口をもごもごと動かしてケーキを食べている。 こくん、と飲み込むと、今度はにっこり笑った。 「もちろん、幸せだよ。 今までだけじゃない、これからもきっと幸せ。」 そう、これからも。 ずっとずっと、幸せにしてあげたいんだ。 僕だけの、天使を。 「僕もきっと、幸せだよ。」 あの聖夜への誓いを、これからもずっと。