秘密の記念日

今日は大事な日。 特別な日。 君と僕が一年前に初めて出会った日。 ライエルはパーティから一人はなれて、草が青々と繁る野原にいた。 今朝から入った森で見つけた、 15メートル程の幅で四方に樹が立っている小さな庭のような空間。 少し風が強く、ふわふわとした髪の毛が頬をくすぐったく撫でる。 ライエルは自分の周りをきょろきょろと見てしゃがみこんだ。 顎に手をあて、品定めをしながら 足元に咲く小さな薄いピンクと黄色の花を 1本1本丁寧に摘み取っていく。 彼女は・・サイザーは受け取ってくれるだろうか?喜んでくれるだろうか? そんな事を考えながら。 片手で軽く掴む程度の花の束を作ると、ライエルは満足そうに微笑んだ。 首を軽く回して後ろを見る。 すぐ其処に今まで歩いてきた砂利道がある。 それを視線で辿っていくと、ハーメル達は既に小さな影となっていた。 少し長居し過ぎただろうか・・・・ でも、まだ走ればちゃんと間に合うはず。 花束をしっかりと、しかし優しく握ると顔に笑みを浮かべながら かけていった。 ライエルが背負っているのは500キロのピアノ。 慣れているとはいえ、足取りは重い。 しかし、心は反比例するように軽かった。 少しでも早く。 自分の感謝を伝えたくて。 ようやくサイザーの背中がはっきりと見え始めた頃には ライエルの息は完全に上がっていた。 「サイザーさんッ!!」 ばくばくと動く心臓と息切れを押さえ、やっとの事で声を絞り出す。 少し強めの風が、熱っぽくなった体を冷やしていって心地よい。 「・・・なんだ・・・?」 その風の所為で頬にかかる髪の毛をうっとうしげに除けながらサイザーが振り返る。 本人を目の前にしたら、もっともっと心拍数が上がる。 息もつけなくて、なかなか元に戻らない。 でも、彼女と話すときにいつも気をつけていること。 −笑顔でいること これを忘れてはいけないから。 一生懸命笑ってみる。 「いっ・・いえ、・・あのっ・・」 息が上がった所為でなかなか言葉が発せられない。 少々呆れたように、それでも優しくサイザーはライエルに 「そんなに慌てなくてもいいから・・・」 そう促した。 言い方は、強いものだったけど。 奥のほうにある優しさを感じて、ライエルはじーん・・とその言葉を噛み締めた。 だいぶ落ち着いてきた。 心も、呼吸も。 ドキドキと高鳴る心臓はどうにでもなるものではなかったけれど。 しっかりと落ち着いたのを感じると 「すみません」と一言詫びる。 「で?何か用か・・・?」 一瞬迷ったけれど。 意を決して、もう一度手の中にある花束をきゅっ、と握って サイザーの前にぱっと差し出した。 突然のことで驚いたのか サイザーは目をぱちくりとさせて、ライエルの手の中の花束を しげしげと見ているだけだった。 「・・・サイザーさんに渡そうと思って。綺麗なの・・・探してたんです。」 詰ってしまいそうな声を必死に絞り出して言葉にする。 声が微かに震えているのが解った。 だいぶ不自然なライエルの様子を気にする風でもなく その花束をを見て、首を傾げながら 「どうしてだ?別に誕生日とかじゃないだろう?」 ・・! 至極当然のサイザーの問いに、ライエルはすっかり固まってしまった。 忘れていても仕方はないし、寧ろ覚えていた自分が特異なだけで。 それでも今日は・・ 「今日は、あなたと僕が初めて出逢った日・・・なんですよ」 頬が熱くて、なんだかくすぐったい。 サイザーはますます驚いた様な顔をする。 「そんな事覚えてたのか・・・?」 「そんなことじゃないですよ!大切な日です。」 自分と出逢った日を『大切な日』と言われたサイザーは ライエル以上に顔を赤くしてうつむいた。 そのままライエルの手の中にあった花束を、ゆっくりと受け取って 「あ・・ありがとう」 と呟いた。 それを見ていると、まだ顔が火照っているものの、 胸の中に安堵感が広がるのがわかった。 受け取ってくれなかったらどうしよう。 そればかりがぐるぐると回っていたから。 お互いしばらく何も言わずに サイザーの手の中にある花に目を落としていた。 何かを考えていたのだろうか意を決したようにサイザーが首を少し 上へあげる。 「な・・・なぁ・・」 「はい?」 「どうし・・・・・!!」 ヒュウッ! サイザーが何かを言おうとした瞬間、2人の間を 今まで吹いていた風よりも強い風が吹き抜けていった。 目をゆっくりと開ける。埃が入ったのかちょっと痛い。 「あ・・」 サイザーが慌てたような声を出した。 先の風の所為で、サイザーの手の中にあった花の花びらが 風に乗って飛んでいってしまったようだ。 花びらを無くす事で元気をなくしたように、くたっとしている。 「す・・・すまない・・せっかく探してくれたのにな・・」 さっきよりも顔を沈めてしゅんとしてしまっている。 一生懸命に選んだ花だったのに・・・ サイザーのために、とライエルは意地悪な風を少し恨む。 それでも悪いのは風であってサイザーではないから。 「いいんですよ、今日は本当に風が強いですねぇ。。あ、サイザーさん・・」 ライエルが何かに気付いて声をかける。 急だったので驚いたのか、ぱっと顔を上げる。 「・・・?」 彼女の手の中にあるような花と同様に 少し元気を無くしてしまった表情で首をかしげる。 気付いてないのか・・・ さっきの突風の所為でサイザーの髪は 分け目が変な方向になったり、前髪がぴんと跳ねてしまっていた。 「さっきの風で・・髪の毛すごいことになってる」 すっ、と手を伸ばして髪を整えていく。 ぴんと跳ねた髪の毛を掌で撫で付ける。 ゆっくりと、ていねいに。 くせのないサイザーの金色の髪は 手櫛だけですぐに元に戻っていく。 ふわふわとした感覚が指先から手のひらから伝わって 元に戻っていた鼓動の早さも前以上に速くなっていった。 サイザーの耳はちょうど自分の胸元の位置に。 トクトクとうるさい心臓の音が聞こえているのか気になって 余計に速く大きくなっていく。 風が吹くと彼女の香りまで伝わってきて 取り乱さずに、サイザーの髪の毛を整えている自分が 自分でないように思った。 痛くなるほどに大きい心臓の拍動。 その原因は自分が、サイザーの髪に直接触れているから。 自業自得と言えばそこまでだし、止めれば良い話でもあるけれど、 この手を止めたくない。離したくない。 サイザーに触れられる事なんてめったに無いから。 この髪の毛にも、憧れていたから。 サイザーの長い金髪は真っ青な空によく映えていた。 風に流され、緩やかに揺れるその髪は ライエルのお気に入りの一つだった。 以前、コラール山の戦いの時に 髪の短い彼女も見たけれど、 やっぱり長い方が好きで。 さらさらと流れる彼女を見るたびに 綺麗だなぁと見惚れていたのだ。 その髪の毛に、今触れられている。 それがすごく嬉しいから、 止められない。離せない。 どれくらいの時間が経っているのだろう。 気付けば手元で頭を撫でているだけになった。 もうあまりライエルの動作に意味はなくなっている。 「ハイ、終わったよ」 かなり名残惜しかったけれど。 ゆっくりと手を離す。 サイザーは、ぱっと一歩後に退くと、くるりとライエルに背を向けた。 「ありがと」と小さく呟くのが聞こえたから にっこりと笑い返した。 気付くと、ハーメルがにやにやとこちらを向いているので むっとして足早にハーメルの元に向かう。 「なんだよハーちゃん・・・」 「随分遅かったじゃねぇか。花をプレゼントとはお前も隅に置けん奴やのう・・」 肩に手を回してそう言うと「ヒヒヒ」と笑った。 そんな風に言われると、気恥ずかしくなって両手の人指し指をくるくると回す。 「でもよ、『花より君のほうが美しいぜ』作戦!!・・ってのはアイツにはきかねぇんじゃないか?」 「そっ・・そんな事・・・!ていうかそんな作戦じゃないし!!」 「ほほう?じゃあ何だって急に?」 「う"ッ・・・!」 回した手を首にかけてじりじりと締めながらライエルを追い詰めていく。 ライエルは、ぐぐぐ・・と力の入るハーメルの手を必死に掴んでもがくが どうにもこうにも緩まない。 「んー?どうなんだい?未来の義弟くん??」 満面の笑みを浮かべて締め続けるが、ライエルは顔を真っ赤にして何もいえない。 ようやく口を開けて一言 「秘密っ・・・」 と吐き出した。 「なーんだよそれ!!」 ぱっ、と手を離して不機嫌そうに仁王立ちする。 離された方はけほけほと咳き込みながら 締められた事を特に非難する訳でもなく振り返った。 小さく息を吸うとにっこり笑う。 「秘密の記念日、だよ。」 「・・・はぁ?」 ハーメルはすっかり訳が分からなくなって頭の上に何個もクエスチョンマークを浮かべる。 「それ以上は言えないよ♪」 そう言ってウィンクするとまたハーメルに背を向けて歩き出した。 その足取りはいつもよりも軽やか。 ライエルの上には太陽の光が燦々と降り注いでいた。 後には、クエスチョンマークを浮べたままの、未来の義兄。 プレゼントの花束は、風に流されてしまったけれど。 彼女にたくさん触れられて結果オーライ。 初めて出逢った記念日を、これからも 迎えられていければ・・・・。 そして 2人の「秘密の記念日」をもっともっと増やせたら。 きっと、幸せ。 とりあえずは、この次の『再開記念日』を どうしようか?