CHANGE

「サイザーさんッ!!」 北の都へ向かう道。 昨日小さな街を一泊して、今朝森に入った。 サイザーはいつもの様に景色を見ながら、皆の後ろを歩いていた。 いつもと変わらない、落ち着く雰囲気。 ただ今日は少し風が強いくらいで それ以外にはほとんど何も変わらない。 「・・・なんだ・・?」 風のせいで頬にかかる髪の毛を手で除けながら振り返ると そこには、息を切らして肩を上下させているライエルが立っていた。 それでも、いつもの笑顔で。 「いっ・・いえ、・・あのっ・・」 「そんなに慌てなくてもいいから・・・」 ライエルはこくこくと頷くと、すうっとひとつ深呼吸をした。 「すみません;」 「で?何か用か・・・?」 相変わらずの笑顔で、ぱっと手をサイザーの前に差し出した。 その手には 薄いピンクと黄色の花が持たれていた。 これを・・・どうしろというのだろう? わからなくて、少しの間しげしげとその花をみていた。 「・・・サイザーさんに渡そうと思って。綺麗なの・・探してたんです。」 驚いてライエルの顔を見上げる。 今まで居ないと思ったら・・・。 でも・・ 「どうしてだ?別に誕生日とかじゃないだろう?」 それがすごく不思議で。 「今日は、あなたと僕が初めて出逢った日・・・なんですよ」 ライエルは頬を照れくさそうにぽりぽりとかいて 言った。 「そんなこと覚えてたのか・・・?」 「そんなことじゃないですよ!大切な日です。」 私と出会った日を『大切な日』と言われて 少し、気恥ずかしかったから うつむいてライエルの持っている花を受け取った。 「あ・・ありがとう。」 礼というものは、目を合わせてするものなんだろうが 今のサイザーにはそれが至難の技になっていた。 ライエルの・・・顔が見れない・・・・。 ライエルはこうして花をくれたけど、どうして私にだけ・・・? フルートとあった日にはこんな事して無いんだろう?ハーメルの時だって。 覚えているかどうかなんて知らないけれど。 どうして・・・私だけ・・? 「な・・なぁ・・」 「はい?」 「どうし・・・!!」 ヒュウッ! 胸の中をぐるぐると回る疑問を投げかけようとした時 さっきよりも強い風が抜けていった。 「あ・・」 その所為で、サイザーの手の中にあった花の花びらが 抜けて、飛んでいってしまった。 花びらがなくなることで元気をなくした様に、くたっと倒れかけている。 「す・・すまない・・・せっかく探してくれたのにな・・」 ますますライエルの顔が見れなくなった。 恥ずかしさと申し訳なさのせいで。 「いいんですよ、今日は本当に風が強いですねぇ。。あ、サイザーさん・・」 急に呼びかけられて思わず顔を上げてしまう。 「・・・・?」 それでも声が出なくて、首をかしげる。 次の瞬間 頭に温もりを感じた。 「さっきの風で・・髪の毛すごいことになってる」 掌のぬくもりが、頭のてっぺんから髪にそって流れていく。 ライエルの大きな手が、風で乱れた髪の毛を 手櫛をしながら、撫でながら、直していく。 自分の足元に向けていた瞳をほんの少し上へと向ける。 目の前にはライエルの緑色の服。 横をちらりと見れば、サイザーの髪の毛を直している手が包み込むように頭の後ろにまわされている。 それらを見ていると余計に気恥ずかしくなって、また自分の足元に視線をもとに戻して 今度はぎゅっ、と目を瞑った。 それでも、頭に感じる温もりや感触は全く消えなくて。 くらくらして倒れこんでしまいそうな錯覚を払拭しようと、拳を握った。 どれくらいの時間がたっているのだろう。 「ハイ、終わったよ」 そんな声が聞こえると、サイザーはようやく目を開けた。 大した事もない時間のはずなのに、私には何十年も過ぎたような感覚だった。 まだ火照っている頬を触りながら、ちらっと ライエルの方を見る。 彼は、事も無げにハーメルと話をしていた。 そう。何も無かったように。 それがなんだかサイザーをイライラとさせた。 先の出来事に自分だけ動揺したようで。自分だけ変に意識しているようで。 そして同時に 今まで知る事のなかった、こんな感情が 一体なんなのかがはっきりと解らずに焦ってもいた。 こんなにもぐちゃぐちゃになって。 こんなにも泣きそうになって。 自分だけが。 そんな気がして、じっと睨んでいたライエルに 小さく誰にも聞こえない声で「バカ」と呟いた。 ライエルがちらりとこちらを向いたような気がしたが そんなものも目に入らず、サイザーはうつむきながら走って 笑いながら話しているライエルとハーメルを追い越していった。 ハーメル一行は、今日も変わらず北へ向かう。 いつもと変わらない、落ち着く雰囲気。 ただ今日は少し風が強いくらいで それ以外にはほとんど何も変わらない。 外見上だけは。 慣れない感情に戸惑い続けているサイザーの中で 「何か」が変わっていく。 ライエルへの「何か」が。