髪を切ろうかな、と呟いた声を聞いたのは、夕食後のお茶をゆっくり楽しんでいる時。

悩む乙女

ライエルは絶句した。 彼女が目の前で、流れる髪をさらさらと手で梳く様子を、微笑ましく眺めているたった今、 彼女自身の口から彼にとってとんでもない言葉が落とされた。 「え、は、髪!?切るの!!?」 思わず乱暴にカップを置いて、派手な音を立てるライエルに、サイザーは顔をしかめた。 「切ろうか、うん、切りたい。」 「何で!すごく綺麗なのに…」 そう呟く彼は、心の底から残念そうだ。 よく彼はサイザーの髪を綺麗だと言って髪を梳いてくれる。 頭を撫でる長い指の感触はとても気持ち良くて、とても安心して、好きだと思うのだけれど。 「面倒なんだ。」 「…え。」 「シャンプーも手間が掛かるし、乾かすのも時間がかかるし、起きたら髪が絡まってるんだぞ!」 それとこれとは別問題、とサイザーは思考を振り払いライエルに言いつのらせる。 「そういえば、毎朝大変だよね。」 「最近暑くなってきたしな。…というわけで、明日切りに行く。」 「えぇ!嫌だッ!!」 ガタンとライエルは立ち上がり、再び派手に音を立てる。 ゆらゆらと揺れる紅茶の水面を、嘆息しながらサイザーは眺めた。 「…切る、ぞ?」 「髪洗ってあげるし乾かしてあげるし、朝起きてちゃんと梳かして結ってあげるから!  だから…切るのは嫌だ…」 ションボリと肩を落とす彼を見て、サイザーはそっと呟いた。 「ライエルは、短い髪の私は…嫌いか?」 「…!そうじゃなくて、そうじゃないんだよサイザー…」 テーブルの向こうで不安そうにこちらを窺うサイザーに寄り添うように、ライエルは傍に立った。 髪を一房手に取る。 輝く黄金色。さらさらと流れるその髪は痛んでいる様子が見えない。 自分の髪の色とはまた違う、淡い花のような色。 「ずっと、綺麗だと思ってたんだ。それこそ君が敵だったときから。  僕よりも鮮やかな金髪で、長い髪が風になびくんだ。  陽にあたってキラキラ輝いて、本当に感動してたんだよ。」 「……」 「だから勿体無いなぁって、思ったんだ。  ごめん、ただの我侭。」 そっと金髪から下ろす手を、サイザーの両手が止めた。 そしてもう一度、自分の髪のほうへ導いていく。 ライエルの長い指が揺れる金を撫でた。 「我侭を言ってくれるのは嬉しかったよ。」 撫でられる感触を目を閉じて感じながら、サイザーは苦笑いする。 つられて笑いながらライエルは手を滑らし続けた。 「…でも切るんだよね。」 「ライエル、髪はまた伸びるぞ?」 「元に戻るには随分時間が掛かるよ」 ふて腐れたような彼の様子に、今度は声を立てて笑う。 そんな子供じみた反応を返してくれることも嬉しかったから。 寄り添う彼を見上げて、サイザーは肩をすくめた。 「それこそ問題ないじゃないか?ずっと一緒にいるんだから。」 髪が伸びるまでも、伸びてからも。 「…………うん。」 鮮やかな金色はさらさらと流れていった。 +++++++++++++++ 「あぁ…短くなっちゃった…」 翌日帰ってきたサイザーの髪は、見事に肩の上で揺れていた。 整えた金髪は今までとは違った印象を窺わせる。 「似合わない…か?」 おそるおそる聞いてくるサイザーに、ライエルは思い切り首を横に振った。 「似合う!すごく似合う!  髪が短くなっても、サイザーの髪は綺麗だし、サイザー自身も可愛いままだよ。」 臆面なく言うライエルに頬を染めながら、サイザーは髪を揺らして頷いた。 そして嬉しそうに肩元を弄りながら喋る。 「涼しいし、すごく軽いし、…楽だな、短いの。  …ずっとこのままでもいいんじゃないか?」 「…それは約束が違うよ…サイザーさぁん…」