鍋ですけど。

穏やかな夕べだった。 国境を越え、近くの街を目指す為に森へ入った一行は、早めの野宿の支度を決めた。 一日歩き通しクタクタになっている黒ずくめの男と、人よりもほんの少し疲労度は高いであろう男の二人は うきうきと鍋の用意をする少女に薪集めの任務を仰せ遣った。 痛む足を持ち上げながら、二人は手ごろな木々を拾い集める。 「今日は鍋だね、ハーちゃん!」 金色に輝くピアノを肩から下ろし、腕に乾いた枝を抱えて楽しそうにライエルは言った。 面倒そうに同じく、夜明けまで火が絶えることがない位までを目指して物色するハーメルは胡乱げに斜め後ろを見やる。 にこにこと嬉しそうに薪を集める親友。 屈託の無い笑顔が霧消に苛立った。 鍋はハーメル一行にとって定番メニューだ。 手軽で特に具を選ばないその料理は、頻繁に、特に野宿の場合用意される。 いちいち鍋で感動するほど、彼は自分と合流して短くは無い。 そしてちなみに、 「…昨日も鍋だ。」 しかも野菜ばっかりのな。 狩りが上手く行かなかった日には、森で採ったキノコや実と、買い溜めしてある野菜のみでダシもない 良く言えばヘルシー、本音を言えば味気無さすぎる鍋を口にせざるを得ない。 今日は、運良く猪を狩ることが出来たけれど。 「鍋、好きだよね?」 嫌々したような言葉に、ライエルは不思議そうな声を表情で返事をした。 率先して鍋って言う時もあるし。 そう付け加えながら、長短バラバラな薪を纏める。 「あぁ。」 「今日、鍋だよ?」 「お前…。何で今日に限ってそんなに鍋鍋煩いんだ!」 完全に薪集めの任を放棄したハーメルの成果を受け取った。 二人分を合わせれば、程よい量になったのが分かる。 戻ろうか、と声を掛けてライエルはハーメルに背を向ける。 ゆっくりと、しかし軽い足取りで先を進みながら話題を引き継いだ。 「鍋…っていうか。うん。」 「あ?」 「今日は、サイザーさんがフルートちゃんの手伝いしてたから。」 ハーメルは出掛け間際の二人の姿を思い出す。 金髪と焦げ茶色の髪が並んで食材をナイフで切っていた。 …ような気がする。 そしてようやく、目の前を行く彼の心理を察する。 「へえ、それで?それが何?」 「えぇ!…だってサイザーさんの手料理…!」 「材料切って煮るだけじゃねーか!馬ッ鹿ばかし。」 「毎日好きな子の手料理食べられるハーちゃんなんて、僕の気持ち解らないさ!」 一通り言い争いをしながら歩くと、自分達の居た場所が見えてくる。 ライエルはずしりと重たい薪木を抱えなおし、歩を早めた。 ぷりぷりと頬を膨らませ 今日はハーメルお代わり禁止!などと勝手な事を叫びながら、仲間の元へと戻る。 ハーメルは嘆息して足を止める。 18の男のする顔じゃないだろ、ぷりぷりって。 それに… 「解らねぇ訳、ないだろ。」 手料理の美味しさ、優しさ、暖かさ。 決してハズレのないバリエーションに、彼女の技量の高さが伺える。 最も、その料理の腕というのはほとんど関係無いものなのだけれど。 「ハーメル!ご飯できるよー!?」 自分の影を見つけて、二つに結った髪が草陰から見える。 小さな白い手で枝を除けて、フルートが顔をのぞかせた。 早く来ないと、ライエルとトロンに食べられちゃうわよ? 返事を待たず再び枝葉に紛れて行った彼女の背中を、ハーメルはのんびりと見送った。 陽が沈み、暗くなりつつある空気が、ほのかに燈った気がする。 「…最高、だ。」 誰に言うでもなく呟くと、彼は再び歩を進めた。 ++++++++++++++++++++++++ 良いですよね、好きな子のご飯にウキウキと 夢を持つ18歳(俺設定)二人組。 鍋ですけど。