紅い裾をなるべく床へ着けないように、少し持ち上げる。 腰掛けたテラスの手すりはひんやりと冷たい。 家の者が見れば、はしたないと咎められる行為だ。 しかし今は、互いの親族との挨拶や歓談で必死だ。 アズリアのことを気にする者は居ないだろう。 冷える肩をショールで包んで、祝いの席と銘打った取引場を、 アズリアはぼんやり眺めていた。 慣れない衣装。 同じ歳の貴族の娘であれば、見事に着こなせているであろう。 しかし彼女はそれを極力遠ざけてきた。 家同士の付き合いや、軍の慰労会。 そんな最低限の時にしか、高いヒールを穿くことも、スカートの裾を気にすることもしない。 綺麗なドレスを着ることは、彼女にとって本意ではなかった。 アズリアは先程見た誓いの儀式を反芻した。何度も言葉が甦る。 ―誓います。 …いつか自分も、そんな事を言う日が来るのだろうか。 真っ白なドレスと艶やかな化粧。 そこに流れる穏やかな雰囲気は、まるで別次元の話だった。 思わず、破顔する。 我ながら似合わない。矢張り自分には剣を振っている方が似合いだ。 夢見たいと願う心は、大いにあるけれど。 「アズリア!」 鈴のような声が飛び込んでくる。 顔を上げるとそこには、今日の主役の片割れが立っていた。 小さい頃から軍人になるための教育を受けてきたアズリアにとって、 数少ない親しい同世代の女性。そして母方の従姉でもある。 数時間前に見た純白のドレスを脱ぎ、今は黄緑のドレスを纏っていた。 「姉様…」 アズリアがその姿を認めると、ふわりと笑って隣へ腰掛ける。 アズリアが慌てて 「服が汚れるわ…」 自分のハンカチを広げようとすると、彼女は笑ってアズリアの手を押し戻した。 「アズリアも一緒なのよ。大丈夫」 「大丈夫って…何が」 「ドレスを汚して怒られるのは、一緒ってことよ」 目の前の花嫁は悪戯っぽく、そして幸せそうに笑った。 アズリアは躊躇する。 彼女のその笑顔や言動全てが、幼い頃そのままであったから。 この屈託の無さや、穏やかな空気。 どんなに手を伸ばしても手には入らないものだった。 年頃の貴族のお嬢様。 上級軍人を目指すという夢を持たなければ、 当たり前のようにそうなっていただろうが。 …その夢を打ち立ててしまったからこその感傷なのだけれど。 朗らかに座る彼女に、アズリアは目を細めた。 「おめでとう、姉様」 「ありがとう!アズリアに言ってもらえるとすごく嬉しいわ」 うふふ、と笑って彼女はアズリアへとグラスを傾ける。 右手に持っていた細身のグラスを合わせると、 小さく音を鳴らして赤いワインが揺れた。