「あ…はは。……勝っちゃった。」



「………っ!!」




トランプ

月も反対側に傾き始め、 多くのものが本格的に眠りにつく頃。 だが、カイル一家の船には 一部屋だけ煌々と灯りが付いたままだった。 船の船頭にある船長室。 そこは皆が集い談笑し、食事をする場所だった。 中央に位置する大きな長方形のテーブルには 黒髪の軍服に身を包んだ軍人と 黒いマフラーを巻いた赤紙の青年が向かいあって座っていた。 青年の横には、行儀悪くテーブルの上に座って 2人の間を覗き込むマントを羽織った大柄な男性がいる。 「うーむ。神経衰弱はそろそろ飽きてきたな。  7戦、5敗2引き分けだぜ?隊長さん。」 「ぐ……っ!!」 レックスとアズリアの間には 大きく広げられたトランプが並んでいる。 裏返してはめくられ、そんなゲームが 幾度となく続いていた。 否、神経衰弱だけではない。 「ババ抜きにブラックジャック、大富豪にポーカー…  全部負けか引き分けだぜ。  ウィルは当然にしても、スカーレルまで寝ちまいやがった。  なぁ、いい加減…」 「う…うるさいっ!!」 顔をしかめて声を荒げると、 カイルはやれやれと肩をすくめ伸びをする。 そしてトランプをまとめていたレックスに「なぁ?」と同意を求めた。 レックスは苦笑して曖昧に頷く。 傍に置かれたコーヒーをごくんと飲んで、はぁ、と溜息をついたアズリアは 恨めしそうにレックスを見上げた。 「何故…何故勝てないんだ…!!?」 「う、いや、でも…運だってあるしさ?」 「運だけでこんなに負け続けてたまるか!!」 最早この男に勝つことだけが生涯の目標であるかの様に 意地になって勝負を挑み続けていた。 正直、アズリア自身も既に眠気で頭がぼーっとしている。 そんな状態でゲームをした所で、頭の冴えている時でさえ勝てないものが 勝てるはずも無い。 しかし、そんなことは重々承知なのだ。 解っている。解ってはいるのだが。 「お前に勝つまでは…!!」 頭をブンブンと振って眠気を吹き払おうとする。 その様子を困り果て、しかし少しだけ楽しそうにレックスは見ていた。 「明日…じゃ…ダメ?」 「…嫌だ。いつもフラフラしてるお前が明日運良く捕まるとは思えない。」 「そんなに、俺って島の中さ迷ってたっけ…」 「今日…じゃなきゃ、……ダメだ…!!」 そろそろアズリアは怪しく呂律が回らなくなっている。 それでも目線をレックスから外さず、なおも睨み続けている。 彼女が不機嫌な要因は、不勝なだけではなく 襲い続ける眠気にもあるようだ。 まるで玩具をねだる子供の様にイヤイヤと首をふる。 その様子にレックスだけではなく、カイルも苦笑をせざるを得なかった。 レックスはぽわんとしたアズリアを頬杖をついて覗き込みながら 少し眉をひそめる。 めったにお目にかかれないアズリアの可愛らしい姿。 いつまでも見ていたいけれど、 さすがに自分自身も、時たま目がうつろになっているのを自覚していた。 このままでは明日の授業に響いてしまう。 とりあえずはこの場をお開きにしてしまわないといけないようだ。 「解った。これで最後の決着をつけようか?」 「あ…あぁ。」 ぴらりとトランプを指しながら 子供に言い聞かせるように提案した。 ばらばらと扇形にトランプを広げ、ちょいちょいと 二枚のカードを取り出した。 裏返しのまま、両方をカイルに手渡す。 「どっちかがジョーカーだよ。俺と君が同時にカードを取って  ジョーカーだった方が負け。  時間もかからないし、簡単でしょう?」 「……わかった。」 眠さで据わった目を裏返しのカードにやる。 確率は二分の一。 ジョーカーを引いたら負けの単純なルール。 それで今までの勝負がチャラになって素直に喜べるかは 疑問だったが、 張ってしまった意地はどうにもならず。 おそるおそる、カイルの方へ手を伸ばす。 「せーの!」 ピッ、とカードを引き抜く。 ゆっくりと裏返す。 そこにあったのは・・・ 「……何でこんなものにも…負けるんだ…」 「何でそんなに負けちまうんだろうな…隊長さんよ…」 アズリアは一気に脱力して机につっぷした。 右手には笑った骸骨が浮かぶジョーカーのカード。 「運……かなぁ?…あはは………」 自分の手元のカードを見ながら 冷や汗をかいて笑う。 最早、笑うしかこの場を凌げる術はなさそうだ。 負ける確率が半分なら勝つ確率も半分なのだ。 幸か不幸か、そういったギャンブル的な運は レックスの方が今日は強いようだ。 「また今度、勝負しよう?いつでも相手になるから。」 突っ伏したままのアズリアの頭をポンポンと撫でる。 その手を軽く払って、むくりと起き上がる。 アズリアは、いつも以上に不機嫌そうな顔をしながら 「バカ。」と呟いた。 大きく溜息をついて、少し覚めた目をこする。 「何が何でも次は勝ってやるぞ」 そう言い放つと席を立つ。 部屋を出て行こうとすると 「おやすみ。アズリア」 欠伸をしながらトランプを片付けるカイルの横で レックスが微笑んだ。 「あぁ。おやすみ。」 苦笑いをして、アズリアも返した。 勝てなかったのも本当だけど 勝とうとしなかったのも、本当。 少しでも、長く。 向かいあっていたかった。