雪の日の歩き方

目が痛くなるほどの白。 これを『白銀』と言うらしい。 雨の日も風の日も、まったく天候に左右されない、 情けないくらいに晴れ渡った声でアイツは私の名前を呼んだ。 ゆっくりゆっくりと足元に気をつけながら振り返る。 それは帝国の中でも大きな都市であるパスティスに 珍しく雪の積もった日だった。 昨日の番から降り続いた大雪と極度な冷え込みの所為での積雪は 雪に慣れない大都市を交通麻痺にさせた。 その影響か、普段は車通りの多いこの道には車がほとんど通っておらず、 辺り一帯には早朝独特の静寂が訪れている。 ざく  ざく  ざく        とん と と  とん 凍結した道路を少しばかり腰を引かせて歩く私の後ろから レックスはいつもの様にへらへらと笑いながらやってきた。 「おはよう!アズリア」 「あ…あぁ。おはよう。」 足を固めるのは学校指定のパンプス。 動きやすいように軽めに作ってはあるものの、めったにない雪の日までの 考慮は一切されていない。 スニーカーの方がまだマシだったに違いないだろう。 しかし、今目の前にいる男はそんなもの気にした風もなく ざくざくと楽しげに雪を鳴らして歩いていく。 次第に私とレックスの間は開いていった。 滑らぬようにと力んでいた腕が疲れてきたので 右手に持っていた重たいカバンを持ち替えようとした途端。 景気よく足が予想しない方向へ動いていった。 「……………………ッ!!」 びたんっ! 声をあげる暇も与えられず、何とも形容しがたい音をたてて 私の目線は一気に下がった。 前のめりになっていた所為か、膝がジンジンと痛い。 強打した痛さと、氷の冷たさ。 頭を上げると、驚いたように振り向いて 何事か言って慌てながら駆け寄るレックスの姿。 あぁもう。頼むからそんなに心配そうにしないでくれ。 こけた自分が情けなくなるから。 「ケガは?あ、膝…」 ほんの少しすりむいて血が滲んだ程度。こんな傷は武術の演習でいくらでも ついているのだ。今更何とも思えない。 それでも痛そうに顔を歪めるので ポンポンとその場で飛び上がって大丈夫と主張した。 レックスは渋い顔をしたが、そんなに悠々としていられる時間もないので 納得してくれたらしい。 そして先ほどの光景が再び始まった。 「お前、よくそんなにすいすい歩けるな・・・」 また同じ失敗はするまいと、倍くらい気を使いつつ、 目の前でざくざくと歩く男に声をかける。 レックスはにやりと笑って振り向いた。 そしてこちらに向かって足をあげる。 「じゃーん!雪道を歩く必殺アイテム!!」 パンプスに巻かれていたのは、小さなベルトだった。 まじまじと覗き込むと、足の裏にはスパイクが張り付いていた。 要するに、どんな雪道でも靴に装着するだけで楽々歩けてしまう スパイク付きのベルト、らしい。 こんなものがあったのか。 素直にそう感心してしまう。 「俺が田舎に居た頃からの愛用品なんだ。  多分、これくらいならスパイク無しでも歩けるとは思うけど。」 「それは嫌味か?これくらいの道もロクに歩けなくて  悪かったな!」 「そんなんじゃないってば、もう…。  …じゃぁ、コレつける?」 コレ、と足を上げて示す。『随分楽だよ〜』と笑って話すが スパイクをつけて上手に歩ける自信も正直あまり無かった。 「…悪いが、遠慮しておく。」 「そう?…うん。それだったら」 ぎゅっ 「え!?」 残念そうに頭を垂れたかと思えば いきなり目を輝かせて 私のカバンを持っていない方の手を握った。 「な、なな、レックス!!!」 カバンを振り回して必死に抵抗するが それでも握られた左手は離してくれない。 怒っていても心臓は破裂しそうにバクバクなのだ。 握った手から心音が伝わっていきそうな錯覚に陥るくらいに。 「こうでもしないと、学校に着くまでアズリアは  3回くらい転ぶと思うから。」 「なっ…!」 随分と失礼な話ではあるが、そうなることが全くあり得ない話では ないだけに反論が出来ない。 誰かに、…誰かに見られてしまったら? 噂のタネにされることは請け合いなのだ。 ぐだぐだと言い訳を考えてこの手を離してもらおうとしたものの 上手い文句がこういった時に思いつかない。 そうこうしているうちに、とどめの一言を貰ってしまったのだ。 「君と一緒に歩きたいんだ。」 にこりと笑ってこちらを覗き込んだ顔は、私の一番好きな顔だった。 ざく ざく   ざくとんとんとん 雪に慣れているのはさすがというべきか、 こうしてリードしてもらうだけでも随分と歩きやすくなってしまった。 益々離してもらう文句が思いつかない。 結局学校に着くまで、手を繋いだままだった。 学校に着くと、レックスはけろりとした表情で「またね」と手を振った。 まるで私ばかりが慌てふためいていたようで、かなり悔しい。 手を離して3分経つというのにまだ顔が火照っているのも悔しい。 一緒にここまで歩いてこれて嬉しいと思ってしまう心が悔しい。 こんなことまで、アイツには勝てないままなのだ。 +++++++++++++++++ 執筆当時、修学旅行先の北海道のローカル番組でスパイク特集して目からウロコだったのです。