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昼寝をしよう、とレックスが家に戻ってきたのは、一通り家の仕事が終わって、さてどうしようと思っていた時だった。 まだ陽が高いうちから家に戻るのは珍しい、とぼんやり思った直後に言われた提案に、 アズリアはかくんと肩を落とした。 「昼寝…って、お前さっきイスラと遊びに出掛けたばかりじゃないか」 「うん、…そうなんだけど」 重たい溜め息をつくと、彼はとつとつと事情を溢し始めた。 曰く。 「秘密基地に呼んでもらえなかった?」 「うん、先生は大人だから駄目なんだって」 本気で残念がって肩を落とすレックスに、アズリアは呆れた様な笑いを漏らした。 「良かったじゃないか、あの子達にはお前が大人に見えるらしい。」 「慰めになってないよ!…そりゃ、  イスラ達にはイスラ達のテリトリーがあることくらい…分かってるよ」 そして更に息を漏らすと、困ったように笑った。 「分かってるんじゃないか」 「うん。」 「寂しいだなんて、馬鹿だな。」 「馬鹿だよ、だからふて寝。」 互いに小気味良く言葉を交す。 その言葉と内容に相反して、二人の表情は穏やかだった。 アズリアは良い傾向だと思う。 この島に辿り着いてから、彼は休むという行為を知らないかのように働き詰めていたから。 島が平穏になろうが、彼が忙しそうに動きまわるのは変わらなくて、 それが常のようになっていた。 けれど、やっぱり彼も普通の人間なのだ。 本人の好きでとはいえ、働きすぎの彼をいつかは殴ってでも休ませよう、と考えていたところだったから。 自分から休みを取ろうと思うくらいには、 疲労への反応がよくなったのだ。 「…君もだよ?」 彼の良好な変化に心を暖めていると、おずおずとレックスはアズリアに呼びかけた。 「は!?何で私まで…って、ちょ!レックス!!」 一緒にって行ったじゃないか、と頬を膨らませながら、レックスは彼女の華奢な身体を抱きかかえる。 思考が270度ほど変わってしまったアズリアは、 腕をバタバタと抵抗させて大騒ぎだ。 その抵抗も虚しく、彼は足取り軽く寝室へ向かう。 器用に片手でドアを押し開けると、ふわりと洗い立てのシーツの匂いがほのかに香った。 二つ並ぶうちの片方…彼が普段使っている左側のベッドに アズリアを放り出すと、ぼふん、とベッドが軋む音が響いた。 呆然として黒いニーソックスに包まれた細い足を投げ出している彼女を、 レックスは満足そうに見下ろす。 そして靴を脱いでその横にゆっくりと横たわる。 腕をアズリアの頭の下へ滑り込ませると、彼女と目を合わせ、にこりと笑った。 「ど、どういうつもりだッ!?」 慌てて起き上がろうとするが、腰をがっちりと掴まれているために、 どうにも動けない。 観念したらしいアズリアを見遣ると、レックスはなだめるように彼女の 髪を丁寧に透いた。 「だって、アズリア。君は休まなくちゃ駄目だよ…。」 困ったように眉を寄せる目の前の彼に、アズリアは猛抗議する。 「な!お前、自分を棚に上げてそういう事をいうのか!?」 「俺なんかよりアズリアだよ!  イスラの事とか、島の暮らし自体にも慣れてないのに。  …君が疲れてない訳ないじゃないか!」 「俺なんかって何だ!お前、今の状態分かってるか?  昼はあちこち動き回って、夜も遅くまで授業の準備。  疲れてなかったら、マトモじゃないぞ!?」 「俺は疲れてない」 「私だって何でもない!」 息を切らせながら互いに言葉をぶつけ合わせる様子は、 端から見れば滑稽なものだろう。 ふと肌に感じる相手の息と体温に、アズリアは熱くなっていた頭が冷め ていくのを感じた。 それは、レックスにしても同じだったらしい。 おずおずと目線を上げると、困ったように笑う蒼い瞳が目に入った。 「お互い様なのかな」 そう呟いた彼の細めた瞳に宿る、慈しむような光。 それが自分へ向けられているのだと自覚すると、 アズリアは頬を紅く染めた。 その頬を軽く撫でて、再び彼女を抱えこんんだレックスは、 「寝ようか」と言って目を閉じた。 今は見えない瞳を思い出しながら、 アズリアは半分睡魔に居座られた頭で目の前の彼を眺めた。 昼寝なんて、いつ以来だろうか。 過去へ辿って思いだすと、それは学生時代のことだった。 その時も彼と一緒に。もちろん今のように近い距離で眠るようなことはなかったけれど。 幸せだと思う。 こんなに暖かな陽射しの元で、爽やかな風を感じながら眠ることができる。 学生時代でも、こんなに心穏やかになったことはない。 あの頃はいつだって、病魔に苦しむ弟と上級軍人にならなければという気持ちが底の方に沈みこんでいたから。 軍人になってからはなおさら、こんな時が訪れるなど思わなかった。 思い付かなかった。 思い付くような要素も見付からなかっただろう。 だからこそ今を、自分を、自分を取り巻く世界を、 そして彼を愛しいと思う。 同時に、そんな彼が無理矢理休ませようとする程、無理をしていたらしい事に少し反省をして。 そっと半開きの唇へ口付けて、「おやすみ」と囁く。 そしてアズリアは、まどろむ意識から手を離した。