朝のご挨拶

心の中で甘く香るこの気持ちも、 吐息と一緒に吐こうとした瞬間、苦く変わってしまう。 きっと、 私と同じくらいにアイツも求めているはずなのに。 「おはよ。」 「おはよう、レックス」 「アズリア」 「何だ?」 「好きッ!」 「そうか…」 毎朝のようなお決まりの文句に、当初の照れは何処へやら アズリアは慣れたように返事を返す。 嬉しくないわけではないのだ。 最初の頃のように心臓を圧迫するような気分にならないだけで。 そこに込められた気持ちが、嘘のない真実のものであるということを知っている。 それは凄く嬉しくて、照れくさくて、心が暖かくなる。 でも。 正直な所、朝一番の甘い言葉をベッドの上で赤髪ぼさぼさにさせながら 半寝の状態で言われてしまうと、ときめきも半減なのだ。 何よりアズリアには愛の告白よりも、早く起きて食卓に並んだ朝食を片付けてくれた方が かなり嬉しい。 「とっとと着替えて顔洗う!学校に遅れるぞ?!」 昨晩アイロンをかけたシャツを放り投げる。 寝ぼけたレックスの顔をバウンドして、ぽすんと足元に落ちた。 既に日が昇ってから時間が経っている。 そろそろ準備をしないと、先生が学校に遅刻する非常事態になってしまう。 それでなくてもイスラは断然に早起きで、 今日も朝食を摂るとスバル達と一緒に先に出て行ってしまった。 遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。 「…薄いなぁ…」 不意に湧き上がる 外からの声とは逆の陰気な声。 窓のほうへ向けていた顔を見下ろすと、次の瞬間 アズリアの腰に長い腕が回された。 突然の衝撃に、 思わず倒れかけた体をレックスの頭に抱きつくことで支える。 ふわりと自分と同じシャンプーの匂いが広がった。 「何が…」 「アズリアの反応」 見下ろしても、レックスは顔を上げることはない。 アズリアの腰に顔を埋めたまま、彼はどんな顔をしているのだろうか。 乱れた赤髪をさらりと抱いた指先で流す。 猫毛のような細い髪が抵抗もなく梳かれていった。 「いつも通りじゃないか。」 「うすーい…薬包紙くらい薄い。」 「オブラートよりはマシだろう?」 その間もアズリアはレックスの髪を撫で続けた。 言葉のそっけなさとは裏腹に、その指は至極丁寧だ。 「何か、俺ばっかり君の事好きみたいだ。」 ぽつんと呟くと回した腕に力を込める。 その優しい力にアズリアは眉をひそめる。 …何が、『俺ばっかり』だ。 お前からばかりの気持ちだったら、どうして私はここにいる? この激しい胸の拍動は、何故なんだ? 居た堪れなくなり、同じように頭に回した腕に力を込めると レックスが驚いたよう息を呑んだ。 アズリアの胸の中に、憤りの念とほんの少しの後悔と、大きな愛しさが渦巻く。 昔から、自分の気持ちを伝えることが苦手だった。 でも彼は上手く表現できない自分の心もきちんと汲み取ってくれていた。 きっとそれに、甘えていたのかもしれない。 彼もまた、自分と同じように求めていたのだろう。 まだ慣れないことだけど。 アズリアは、小さく息を吸った。 「…レックス、顔を上げろ。」 「え、…や、俺酷い顔してそうで…」 「いいから!」 お前のズタボロになって死にそうな顔だなんて、今更見なくても浮かべられる! アズリアは抱いていた手を肩に回し、無理やり自分の腰からレックスを離す。 ぽかんと呆けた顔を見て、口角が上がるのをそのままに、 「…愛してるよ?」 そっと短く口付けた。 「ア、ズリ…ア!」 しばらく呆然としていたが、徐々に広がる笑みと比例して アズリア自身の気恥ずかしさも広がっていく。 ぷいっと顔を反らすと、レックスは可笑しそうに立ち上がった。 「…学校、遅れるぞ?」 遠くから聞こえる子供たちの声は、変わらず楽しげだ。 朝からこんなに遊んでいては、授業中まで持たないのではないだろうか。 今度こそ慌てたように、こくこくとレックスが頷く。 アズリアも満足そうに頷くと彼にタオルを手渡した。 そのタオルをぎゅっと握る。 「アズリア」 「ん?」 寝室を出て行こうとするアズリアに声をかけると、 彼女はゆっくりと振り返った。 レックスは万感の思いを込めて笑う。 「好きだよ。」 嬉しそうに「私もだよ。」と、アズリアも笑った。