晩夏色の駒

夏期休暇が明けるのを目前に控え、レックスは寮へと戻って来た。 期間いっぱいまで実家に滞在する生徒も多いらしく、寮内の人影はまばらだ。 荷解きを済ませ、ベッドへ身体を沈ませながら長旅の疲れと辿り着いた安堵にゆるゆると浸っていると、 控えめなノックが扉から聞こえてきた。 重たい身体を持ち上げ、気怠げな返事をして扉を開けると、 「疲れている所、すまない」 アズリアがおずおずと顔を覗かせた。 「久しぶり!もう帰ってきてたんだ?」 「あぁ…新学期の準備がしたくてな」 廊下で立ち話をするのも気兼ねだと部屋に招き入れようとするが、小さく首を振って断られてしまった。 「どうしたの?」と聞くと、彼女は少し目を泳がせ、躊躇いがちにレックスを伺った。 「明日…何か用事はあるか?」 「明日?特にはないよ」 俺も新学期の準備くらい、と続けるとアズリアは少し安堵した表情を見せて言葉を続けた。 「私に時間をくれないか?」 勢い込んだようなその言葉に一瞬たじろぐが、レックスは一も二も無く「いいよ。君に付き合う」と了承した。 夏期休暇の一日を彼女と共に過ごすことは、願ってもないことだった。 そして即答した彼に目を瞬かせながら、アズリアも嬉しそうに礼を言った。 「では、明日の10時に図書館で。」待ってるからな、と言い残してアズリアは廊下を歩いて行った。 手を振って見送ったところで一体何の用事に付き合うのか聞き逃していた事に気付いたが、 図書館というからには大方『一緒に勉強しよう』程度のものだろう。 自分も彼女に聞きたい部分があったし、調度良いかもしれない。 色気の無い予想しか立てられずにレックスは少々気落ちするが、 それでも彼女と時間を過ごすことに変わりはない。 あわよくば。隙を見て……。へらりとだらしない笑みを浮かべてレックスは部屋に戻った。 疲れてゴロゴロしている暇はない。 とりあえず彼女に叱り飛ばされない程度には準備をしておかねば。 午前10時。刺さるような日差しを避けながら辿り着いた軍学校付きの図書館は、休暇前と変わらず厳格な雰囲気を漂わせて建っていた。 通い慣れたその扉を押し開けて館内へ入ると、私服姿のアズリアが玄関で待ち構えていた。 品の良い白いシャツに黒のフレアスカートという、 制服姿とも印象が違うその出で立ちにレックスは一瞬旨を高鳴らせる。 …が、 「その格好で腕組みと仁王立ちはちょっと、良くないんじゃないかな…」 ぼそりと呟いた不服は軽く流され、そのままの格好でアズリアは不敵に笑った。 「おはよう!レックス」 「おはよ、アズリア…早いね」 「ああ、準備があったからな」 ひとりでアレを組み立てるのは骨が折れたぞ、と楽しげに笑いアズリアは歩き出した。 彼女に着いて歩くと、いつも自分達が勉強している学習スペースを過ぎ、階段を上り始めた。 「え、二階?」 「自習室を借りたんだ」 埃の被った手摺を見遣りながら、彼女の背を追う。 上階に上がればそこに人の気配はなく、ただ先ほど自分が歩いてきた屋外からの日差しが廊下へ差し込むだけだった。 「二人きりってこと?」 アズリアの目的が見えず、からかうような物言いをする。 しかしアズリアはその言葉に大仰に反応することなく、突き当りの部屋の前に立ってレックスを振り返った。 目を細めて意地悪気に笑う。 「誰にも邪魔をされたくないのでな」 そう言うとドアノブを回して自習室へと入っていった。 招き入れられ、続いてレックスが入るとそこには。 「うわ、なにこれ!?」 教室半分ほどの自習室。 その中央に集められた10台以上の机。 その机上を覆い尽くすかのように広げられた帝国・聖王国・旧王国を模した地図。 国土の都市名・道路名称・標高や海抜まで事細かに書かれたそれは、レックスも授業で目にした事のある物だったが、 「模擬戦闘盤…」 思わず近寄って眺める。 授業で使うものはもっと簡易的なものであり、そもそもこのような世界規模でのシミュレーションなど滅多に取り扱う内容ではない。 物珍しさにしげしげと観察していると、目の前にガシャリと音を立てて駒の詰まった箱が置かれた。 顔を上げてアズリアを見ると、彼の向かい側で駒を広げ始めていた。 海戦隊や陸戦隊は元より、部隊編成まで組み上げることのできるそれは、盤上でカラフルに光った。 「早く準備しろ、レックス。時間が惜しい」 「まさかアズリア…」 「状況・条件はここにまとめてある。教官に依頼して作ってもらった。私もまだ目を通していない。」 細かく文字の書き込まれた文書を、地図上へするりと滑らせ寄越される。 レックスが口をあんぐりと開けてアズリアを見つめていると、何だらしない顔をしている!と一喝された。 そして再び不敵な笑みを浮かべアズリアは言い放つ。 「私と勝負しろ!レックス!!」 ………ああ、ここまで色気のないお誘いだとは、思わなかったよ、アズリア。 ++++++++++++++++ 続きが書きたいなぁ